〜酒井抱一 秋草〜 おさらい編③☆
- strawberry19510410
- 2022年7月30日
- 読了時間: 2分
更新日:2022年8月6日
こんにちは☆
いよいよ7月も終わりに近づいてきました。
夏生まれの私にとって、毎年夏は、思い入れ深いものになります☆
去年は仕事でやりたいことが出来、今年はワークショップという形で夢が叶いました!!
年々、一歩一歩を大切にしていきたいと思います😊
さて、今日は酒井抱一が惚れに惚れた、心の師、尾形光琳について
書いておきたいと思います。
最愛の兄を亡くし、松平定信の寛政異学の禁等の統制で、美人画も書きづらくなり、公私共々居場所を無くしていた30代半ばの抱一。
そこに新たな道へ導かれるような出逢いがありました。
酒井家に残されていた尾形光琳の絵です★
では、尾形光琳とは、どのような人だったのでしょうか・・?
以前、気になったので調べてみましたので書きます↓↓↓
尾形光琳は、酒井抱一が生まれる100年位前に、京都の呉服商の家に生まれました。
とても繁盛していた呉服屋だったそうで、一時期は東福門院和子様(後水尾天皇の正室/徳川家康の孫)の御用達をしていたことで有名です。
尾形光琳は、小さい頃から、能や書、絵を嗜み、当時からずば抜けた才能があって、周囲を驚かせたそうです。
でも、成年になっても、絵師として本職にすることはなく、のらりくらり公家のサロンで舞を舞ったり、女性遍歴を繰り返す日々を送っていたそうです。
父がなくなり、膨大な遺産を相続しましたが、浪費癖があって、使い果たし、多くの借金を抱えるようになります。
(大丈夫でしょうか・・人間味がありますね・・・・笑)
弟の乾山に戒められたこともあり、40歳でようやく絵師として
立つことを決心したそうです☆
(遅いですね・・・またまた人間味がありますね・・・笑)
その頃描いた絵が、こちら国宝の燕子花図屏風です★


~つづく~
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